【目に見えない力を信じることは”しあわせ”なこと】
目に見えない穢れ(ケガレ)を祓ってくれる『梓弓』
<穢れ(ケガレ)とは>
何か物質的に汚れていることではなくて、自分を責めたり卑下したり、他人の出す嫌な波動を受け取るといった、目には見えないけれど心を蝕む思い込みです。
先日、私は実家の岡山で孫の初節句のお祝いをしましたが、その際に、母が飾ってくれていた『破魔弓』。
破魔弓も「我が子を邪気から守ってくれますように」との願いを込めて飾られて飾られることの多いお祝いの品です。
破魔弓は「魔を破る弓」と表記しますが、昔は弓矢で射る的のことを「ハマ」と呼んでおり、そこに「邪気を払う」という意味を込めて「破魔」という漢字をあてたことが由来とされています。
『梓弓』も「邪気を払う力を持つ神聖なもの」と信じられていたことから、宮中におけるさまざまな行事に用いられていたものです。
梓弓には見えない力がある。
初節句のお祝いも無事済ませ、さぁ大阪に帰ろうかなと思い、母と話をしていたら、父が近寄ってきて、私と母に不平不満をぶちまけはじめました。
父は、お酒が入ると特にエスカレートします。耳がかなり遠いので声が大きい。怒鳴る感じ💦当たり前に、受け答えする母と私も声が大きくなります。
亭主関白を絵に書いたような父で、母は口答えもしない。我慢強い人です。
母への不満、いま居候している私の次男(父にとっては孫)への不満、どんどんどんどんエスカレート、怒りまくり🔥、そしてついに私にも…。
その怒りの背後には別の感情があるとわかっていても、あまりにも父の”勘違い妄想”についつい乗ってしまいました💦めちゃくちゃ怒ってなぁ、わたし…(笑)
でも後から思えば、普段反論しない母が、父に向って思いっきり反論してた。母の中のため込んでいたものを出すために、起こったこと。
そして、父の中にため込んでいたものを出すためにおこったことだったんだなって…。
エネルギーのぶつかり合いをして、父の怒りをまともに浴びたものだから、心身ともにへとへと。帰りの新幹線では、私の中のいろんな感情が沸き上がりました。
帰宅してかずさんに、真っ先に『大祓祝詞』と『梓弓』で”穢れ”を祓ってくれる?とお願いしました。
『大祓祝詞』の祝詞を聴いていたら、何の感情も湧かないのに、勝手に涙が溢れてきました。そのあと最初の梓弓でスーッと祓われた感じがしたのです。その次に、数種の祝詞を聴き、2回目の梓弓で、父の魂と繋がった氣がしたのです。
最初の梓弓は、余計なもの「穢れ」を祓い、2回目の梓弓は「あちら(源)の世界と繋がる」のだと、かずさんから聴きいて、まさにそんな感じだったのです。
これは、目には見えないことですが、体感すればよくわります。
そして、その数日後、今度は異次元の間に寝転んで、梓弓を背中にあてて奏でてもらったら、今まで体感したことのない、不思議な感覚があったのです。
昨日、謎解きに来てくださった友紀さんにも、体感していただいたら同じ感覚でした。そして、そのままスヤスヤと眠りにつかれました。(笑)
友紀さんのご感想です。


畳に吸い込まれていく感覚、これ私も感じました。とっても不思議な感覚です。
さて、今日はその『梓弓』作りのトップバッター。お二人が来られます。もちろん、祝詞と梓弓。そして身体に当てる体験もしていただく予定です。
ひよっとしたら、インスタLIVEするかも…。
目に見えない力を信じることは、とってもしあわせなこと。それを感じていると、自分の力も信じられるようになるのです。
それが『自信』
今日も最高な1日を…☆彡
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