日々の暮らしの中で、知らず知らずギュッと縮こまった心をゆるめる時間
ふと神社のお詣りは他とはちょっと違い『龍氷玉』でお詣りいただきます。
龍氷玉の氷が溶けていくのを眺める時間は、自分を見つめる時間です。 慌ただしい日常の中にいると、なかなか自分を静かに見つめる時間ってとれませんよね。
お詣りという形ではありますが、神様へお願いするのではなく、龍神様から”気づき”を もらっていただくのが『ふと神社』のお詣りです。
その日によって、龍氷玉の動きや溶け方が違うのです。今の心の状態が不思議と現れるからあら不思議!親子で浮かべると親子の関係性がわかったりもしますよ。
そして金龍様を包んでいた氷は、自分を動けなくしている"しがらみ”や”縛り”の現れ。もうそれは必要ないので、思いっきり割ってスッキリしてくださいね。
『ふと神社』の“昇龍様と降龍様”は楽しいのがお好き♡
心を落ち着けて静かに感じていただくと、きっと思ってもみない素敵な"気づき”をいただけると思います
■ 龍氷玉のお詣り 500 円
完全予約制です。必ずご予約の上お越しください。
(ご予約は公式LINEより承っております)
『祝詞』って普段聴く機会ってないですよね。
特別な時にしか触れることがない。
祝詞って実は、仏教が伝わって来る前から身近にあったもので、私たちのご先祖様は 日常で普通に触れていたのです。
なので、私たちの DNA の中にはすでに入ってますから、深い意味はわからなくても、 “言霊”として心や身体の中に入るので、聴けば自然とゆるむし、ホッとするのです。
祝詞の多くは「○○祓」のように「穢れ(ケガレ)を祓う」という意味が含まれています。この穢れとは物質的な汚れではなく、普段の生活の中で知らず知らず受けてしまう“他人の嫌なエネルギー”や溜め込んだ
“ネガティブな思い込み”など、目に見えない「内側の澱み(よどみ)」
祝詞には現在でも大和言葉が用いられ、独特の節回しで唱えられます。祝詞を聴いていると、理屈ではわからない“なにか”を感じて、心がとても軽くなるんです。
祝詞の原点は「言葉には言葉そのものに命が宿り、力を持つ」という「言霊思想」です。
古(いにしえ)より語り継がれた叡智を繋ぐのが『祝詞』です。
これは、「言葉」が声としてパワーを帯びた波動エネルギーとなり、現実を変える力になるという考え方で、”意識”と同じです。
ちなみに、私はすぐに眠くなります(笑)
そして、『梓弓』はじめて耳にしますよね。
梓弓は神を降ろしたり邪を祓うのに昔から使われていた神具です。魔を祓う特別な梓という木に精麻を張った音を奏でる弓です。
古代の人が知っていた、神社で今でも続けられている、梓弓で魔や邪を祓う儀式。
お祓いは、ネガティブなものに影響されない「結界」を作ります。結界とは、心身を邪悪なものから守るベールのようなもの。
結界ができると、嫌な人のネガティブな影響を跳ね返し、嫌な気分をリセットすることができるのです。
自分のものではない"穢れ"それを祓ってくれるのが『梓弓』なのです。
『祝詞』も『梓弓』もどちらも『祓う』と言う意味で古代から伝われてきている大切なものです。
知らず知らずにため込んでいる重いエネルギー。それを祓ってくれます。
<体感された方は>
・胃のあたりから、何かが畳の中に吸い込まれていったそんな感じがしました。すると、なんだかスッキリ。心も身体も軽くなった気がします。
・梓弓を聴いた時に感じた。泣きそうな気ち、懐かしい気持ち、安心感、身体が空っぽになるような、溶けて流れ出す感覚。帰り道がとても心地よい気分です。
とご感想をいただいています。
目には見えませんが、第六感で生きて来た、古代の人が大切にしてきたもの。私たちは『祝詞』も『梓弓』も、もっと身近な存在として感じて貰いたいと思います。
■ 祝詞梓弓【穢れを祓い和みに変える】(龍氷玉のお詣り・甘味込) 5000円…約2時間
完全予約制です。必ずご予約の上お越しください。
(ご予約は公式LINEより承っております)
※「なごみごはん」はしばらくお休みします。